先生になるの巻き

20年前にお手伝いをしていた、絵画造形教室、[あちりえ木だち]で、4日間だけ先生をしてきました。

子供に教えるのはもうごめん と今まで避けてきましたが、なぜか、近所の絵画教室のお手伝いを、少しだけさせていただくようになり、古巣はどうしてたかなと、少し気になり出しました。 「手伝いに行こうかなあ」 と言ってみたところ、「きてきて~」と喜んでくれたので、愛知県豊明市まで出稼ぎに行くことになりました。

障害者支援のNPOを立ち上げ、カフェまで併設するようになり、この春からは学童保育までやるようになり、教室の生徒も120人という驚異的な数にまでなっている[あとりえ木だち]。 せっかく来るのだから稼げるだけ稼げば、ということで、カフェから3歳児クラス、幼児から小、中学生、美大受験クラスまで、先生ぶってきました。

20年前に、教室で小学生だった子に、カフェの要領を教わり、一緒に教えて・・・・と、甘く見てました! 一時間半から2時間ぐらいの間に、15人ぐらいの子に一枚の絵を仕上げさせなくてはならないのです。 仕上げさせるのです。3人ぐらいでみるのですが、「ここ寂しいからなんか描こうか」、「明るい色で塗ろうか」、「点々描いて」、遅くて出来ない子は手を入れて完成。 自由にのびのびとは描かせていて、みんないい絵を描くのだけど・・・・ 教える人の感性を押し付けてはしないか・・・でもなにも教えなければ、お絵かき教室に来る意味もない。 小学生を見ていると、開放されに来ている子もいるし、教わるということより、そういう時間を持つ事が大切なのかもしれませんが、親は上手な絵が出来上がるのを期待してます。

大人の利害関係が絡んで来るのでややこしくもなってますが、教える事と、学ぶ事とは一体なんなんだろうか・・・・

そして、究極の結論を出してみる。 感性があれば、教えられたことが偏ったことでもそれを鵜呑みにせず、自分で自分の答えを見けることができるし、なにも教えられなくても、自分で試行錯誤して自分の表現をみつけることができる。

だから教わるより、まず感性を養うことが大切だと思います。その、感性を養うには・・・・・子供のうちは、とことん遊びまくって、親は否定しないことでしょうか。

とはいえ、今回、お手伝いさせていただいた、あとりえ木だちは、自由な感性の先生に学べて、障害を持つ子と老若男女がみんな一緒に、絵を通して触れ合えて、美味しいコーヒーと石釜ピザなども味わえる、夢のような場所で、いつもそこにあるのが当たり前のように、遊びに行ってましたが、それを維持、続けていくことは、一夜の苦労ではできないことだと、改めて感じました。これからも、発展し続けて欲しいと思います。

 

 

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